私が、いわゆる非行という状況に陥った子どもたちと関わり始めてから、約40年の歳月が流れました。その活動の原点は、今も昔も、少年法の理念である「可塑性」という言葉、すなわち「子どもたちは変わりうる存在だ」という信念にあります。目の前の子どもが持つ可能性を信じること。それが、私たちの事業の根幹をなすものです。
しかし、現場での実践を続ける中で、この「信じる」という思いだけでは越えられない壁があることも痛感してきました。「どうすれば、この子の心の扉を開けるだろうか」「どのような働きかけが、彼の未来にとって最善なのだろうか」。熱意や経験則だけでは、すぐに限界が見えてきます。私たちは、この少年法の理念をより確かなプログラム開発へと結びつけるため、具体的な方法論を模索してきました。
当時、エビデンスベースド・プラクティス(科学的根拠に基づく実践)や、発達課題を対象としたプログラムも導入しました。それらには一定の処遇効果が見られたものの、子どもたちの反応からは、彼らが本来持つ認知能力、すなわち「可塑性」が十分に引き出されているとは感じられず、納得のいくものではありませんでした。
その後、矯正教育の現場を離れ、実践と研究を続ける中で大きな転換点となったのが、「視覚入力による認知バイアス」という問題の発見と、脳科学の理論との出会いでした。特に「クロスモーダル可塑性」という概念は、私たちの指針を決定づけるものでした。これは、脳が持つ柔軟性を示す理論であり、例えば視覚に課題がある場合、聴覚や触覚といった他の感覚がそれを補うように脳機能が再編成されるというものです。この知見を応用すれば、可塑性を引き出すための新たな地平が開けると考えたのです。
この理論との出会いは、私たちのプログラム開発の方向性を確固たるものにしました。子どもたちが抱える認知の偏りや困難に対し、視覚、聴覚、触覚といった多様な感覚に働きかけることで、脳そのものの健やかな発達を促せるのではないか。抽象的だった「可塑性」という言葉が、脳科学という具体的な知見に裏付けられ、進むべき道筋が見えた瞬間でした。それは、従来の認知行動療法をさらに発展させられる可能性をも意味していました。このアプローチは、非行という課題に限らず、様々な領域に応用できると確信しております(現にオリンピック候補選手、医師、弁護士、経営者の方などのハイパフォーマーの方々にもプログラム提供させていただいています)。
この考えを実践に移すため、私たちは「マルチモーダル・インターベンション・システム」という独自の支援システムを構築しました。これは、食、運動、アート、生活、学習支援といった複数の(マルチモーダルな)プログラムを体系的に組み合わせ、一人ひとりの子どもに最適化された介入(インターベンション)を行う試みです。これにより、子どもたちを多角的かつ統合的に支える、チームによる科学的なアプローチが確立されました。
そして、このシステムの核となるのが、「認知リフレーミング®」という技法を科学的に進化させたアプローチです。私たちは、子どもたちの視覚認知バイアスを測定する独自の「特性情報収集方法と装置」を開発・導入しました。これにより、指導者の主観や経験則に頼るのではなく、「その子が世界をどう見て、どう感じているか」を客観的なデータとして把握できるようになったのです。同時に、介入による効果を即時に測定することも可能な、理想的な技術が生まれました。
この客観的データは、私たちの支援を根底から変えました。一人ひとりの認知特性に寄り添った、個別最適化された認知リフレーミングを提供できるようになったからです。それは、いわば子どもたちの心の世界を解き明かすための、精緻な地図を手に入れたに等しいものでした。当然、その効果は高く、現在はさらなるエビデンスを創出する段階へと進んでいます。
私たちは、子どもたちへの信頼という「心」と、科学的根拠という「知」を両輪として進んできました。科学は、決して子どもたちを管理するための道具ではありません。それは、私たちが彼らをより深く理解し、その可能性、すなわち「可塑性」を最大限に引き出すために積み重ねてきた、実践の集大成なのです。
これからも私たちは、この科学的視点に基づき、一人でも多くの子どもたちが自らの力で未来を拓けるよう、その可能性の開花に全力で伴走していきたいと願っています。