認知リフレーミング®とライフコースケア®の根底にあるもの
前回のブログで「ライフコースの認知的基盤」について書かせていただきましたが、読者の方から「犯罪学的なリスクニーズ応答性(RNR)モデルとどのような関係があるのか?」というご質問をいただきました。これは、私たちの薫化舎が取り組む「認知リフレーミング®」や「ライフコースケア®」の根幹に関わる、非常に重要な問いです。少々長くなりますが、これまでの歩みと、その中で培われてきた思想の源流を、ここに記しておきたいと思います。
「Nothing Works」の時代から「What Works」へ:RNRモデルとの出会い
私がこの道に入った1980年代後半は、矯正の世界に暗い影を落とす「Nothing Works(処遇は効果がない)」という悲観論が色濃く残っていました。1970年代のロバート・マーティンソンによるレビューがその発端となり、少年院の現場でも、処遇は形式化し、どこか諦めにも似た空気が漂っていたことを思い出します。
しかし、その頃カナダでは、D.A.アンドリュースとジェームズ・ボンタといった犯罪学者たちが、この悲観論に真っ向から挑んでいました。彼らは、膨大な数の研究をメタ分析にかけ、特定の条件下では処遇が再犯を明確に減少させることを突き止めたのです。「What Works(何が効くか)」という実証主義的なムーブメントの幕開けでした。当時、カナダの矯正局が米国の悲観論に基づいた政策を公に批判していたことに、私は大きな衝撃を受け、深い感銘を受けました。この「何が効くか」研究の集大成こそが、現在、世界中の刑事司法・矯正処遇のスタンダードとなっている「リスク・ニーズ・応答性(Risk-Needs-Responsivity: RNR)モデル」です。
このRNRモデルは、単なる厳罰化や、漠然とした人道的改革とは異なります。それは、犯罪者処遇を「ヒューマンサービス」の一形態として捉え直し、罰の重さではなく、実証的な再犯リスクとニーズに基づいて科学的な介入を行うという、根本的な哲学的転換を刑事司法システムにもたらしました。現代の我が国の法務省でもこの考え方が取り入れられていることからも、その影響の大きさが伺えます。ある意味で再チャレンジの意味とも重なります。
ちなみにRNRモデルは、以下の三つの原則から構成されています。
①リスク原則 (Risk Principle):処遇の強度は、対象者の再犯リスクのレベルに比例させるべきである。
②ニーズ原則 (Need Principle):処遇は、対象者の再犯と実証的に関連する要因(犯罪誘発性ニーズ)に焦点を当てるべきである。
➂応答性原則 (Responsivity Principle):処遇の提供方法は、対象者個人の学習スタイル、動機付け、能力、その他の特性に適合させるべきである。
これらは単なる実践テクニックの寄せ集めではありません。「一般人格・認知社会的学習理論(General Personality and Cognitive Social Learning: GPCSL)」という理論的基盤に根差しています。この理論は、人間の行動、ひいては犯罪行動が、観察学習や、行動の結果としての強化と罰の経験を通じて「学習」されると仮定します。そして、その学習プロセスが個人の「認知」によって強く媒介されると考えているのです。
行動が学習されるということは、行動は「変容可能」であることを意味します。これが、RNRモデルが「動的」で変容可能な要因、すなわち反社会的な考え方や行動様式に焦点を当てるニーズ原則の論理的根拠となりますね。そして、認知の変容が行動変容の中心であるならば、その認知に直接働きかける「認知行動療法(CBT)」が最も効果的な介入戦略となります。これが応答性原則(特に一般応答性)の核となる考え方です。RNRモデルは、「GPCSL(理論)→ ニーズ原則(処遇目標)→ 応答性原則(処遇手法)」という、一貫した論理体系を持っているのです。弊社のCRIS®→CROS®→CRTP®のプログラムシステムとも似ているのが分かると思います。
RNRモデルの「光と影」、そして「特定応答性」のブラックボックス
RNRモデルの理論的整合性と実証的な有効性は高いです。しかし、現場で実際に認知行動療法を行っていると、うまくいかないケースに数多く直面しました。当時の研究レベルでも、RNRモデル、特にCBTがなぜ機能するのかについての説明の限界や、特定の対象者、例えば認知機能の障害や学習障害を持つ対象者には標準化されたRNRプログラムが十分な効果を発揮しないという問題が指摘されていたのです。
元々、学習障害を研究する機会に恵まれていた私は、やはり学習障害のような発達の課題を抱える人々に対して、RNRプログラムを深化させていく必要性と問題意識を強く感じました(これが、後に宇治少年院での発達の課題へのプログラムの開発実践へと繋がっていった原点でもあります。実践は『心からのごめんなさいへ』品川裕香著で紹介されています。もう約25年も前の実践になりますね。時間の流れは早いです)。
特に、RNRモデルの理論的洗練度とは裏腹に、その実践において最も困難かつ誤解されやすいのが「応答性」原則でした。この原則は、「一般応答性」と「特定応答性」の二つの側面から成り立っています。
一般応答性 (General Responsivity):どのような介入技法が、最も広範な犯罪者集団に対して平均的に効果的か?という問いに関わります。RNRモデルは、これに対する答えとして、一貫して認知行動療法(CBT)を推奨しています(ただし、米国の犯罪学者デビット・リプシーは、認知行動療法でも効果的なプログラムと非効果的なプログラムがあることを証明していますので、すべての認知行動療法が効果的とは言えませんでした)。
特定応答性 (Specific Responsivity):個々の犯罪者の特性に合わせて、認知行動療法(あるいは他の介入法)をどのように調整・適合させるべきか、という問いに関わります。RNRモデルの提唱者たちは、介入を個々人の「強み、学習スタイル、人格、動機、さらには生物・社会的(bio-social)特性」に適合させることの重要性を強調しています。
しかしながら、RNRモデルの理論的・実証的成功にもかかわらず、「特定応答性」原則の研究は、リスク原則やニーズ原則の研究に比べて著しく遅れていることが指摘されてきました。この遅れは、応答性という概念が提唱当初から曖昧であり、運用定義が困難であったことに起因します。そして、この曖昧さは、RNRモデルの実践において深刻な問題を引き起こしました。欧米の矯正現場では、「一般応答性」、すなわちCBTプログラムを実施すること自体がRNRモデルの遵守であると誤解され、より困難な「特定応答性」への配慮、すなわち「その認知行動療法を、目の前の対象者が実際に学習できるのか」という問いが軽視されてきたのです。
この問題は、RNRモデルの「誤った解釈」や、モデルの硬直的な運用による「技術移転の停滞」を招く最大の原因となっていました。例えば、現在では犯罪者集団の中には、高い割合で学習障害(LD)や注意欠陥・多動性障害(ADHD)が存在することが知られています(当時の宇治少年院でも心理技官であった弊社の細井社長に調査してもらったのですが、驚くほど高い確率で課題を抱えていました)。特に、言語能力は高いものの、視覚的な情報処理や空間認識、他者の非言語的サイン(表情、態度)の読み取りに著しい困難を抱える当時の「非言語性学習障害」や、様々なタイプの「視覚処理障害」を持つ人々にとって、言語的な対話と抽象的な思考に大きく依存する標準的な認知行動療法(CBT)は、かれらにとって理解不能なプログラムでしかありませんでした。
彼らは、認知行動療法(CBT)のセッションにおいて「反省していない」「やる気がない」と誤解され、プログラムから脱落していきやすくなります。これは彼らの「動機」の問題ではなく、介入方法が彼らの「生物・社会的な特性」に適合していないという、純粋な「特定応答性」の失敗だと言えます。私たち薫化舎が提示する「視覚認知レベルでの問題」は、まさにこの「応答性のブラックボックス」に接近しようとするものなのです。
犯罪誘発性ニーズの生物社会学的再解釈と「特定応答性」の解明
では、この「応答性のブラックボックス」をどうすれば解明することができるのか。私たちは、RNRモデルがターゲットとする「犯罪誘発性ニーズ」を、最新の生物社会学的犯罪学の知見を用いて再解釈することから始めました。
RNRモデルの「ニーズ原則」がターゲットとする最も強力な犯罪誘発性ニーズの一つに、「低い自己統制力(Low Self-Control)」があります。これは、行動の結果を予測せずに目先の利益に飛びつく「衝動性」や、一度始めた行動を抑制できない「反応抑制の困難」として定義されます。
近年の生物社会学的犯罪学の研究は、この「低い自己統制力」が、単なる「意志の弱さ」や「道徳観の欠如」といったものではなく、測定可能ないくつかの「生物学的基盤」を持つことを強力に示唆しています。例えば、人間の「理性」を司り、衝動性の制御、行動の結果予測、感情のコントロールといった高度な実行機能に関わる前頭前野、特にその眼窩部や内側部の機能不全や発達不全が、反社会的行動、攻撃性、そして再犯リスクと強く関連していることが、多くの脳画像研究によって示されています。
さらに、犯罪学の文脈で語られる「低い自己統制力」のさまざまな側面(衝動性、実行機能不全、反応抑制の困難)は、臨床医学における「ADHD(注意欠陥・多動性障害)」の診断基準と著しく重複します。実際、ADHDはそれ自体が犯罪行動の強力な予測因子であることが確認されており、両者は同じ神経生物学的基盤の異なる現れである可能性が指摘されています。
そして、私が特に着目したのは、これらの実行機能や自己統制力の問題が、ジョン・スタイン博士の研究からヒントを得た、視覚情報処理の問題と密接に関連している可能性です。「視覚空間処理」の障害や「学習障害」は、単に図形が認識しにくいという問題に留まらず、数学的能力(順序立てて考える論理的思考)、実行機能(計画性)、そして社会的スキル(他者の表情や距離感を読み取る能力)に深刻な困難をもたらします。これらは、衝動的な意思決定や、他者の意図の誤読(「相手が俺を馬鹿にした」といった反社会的認知・犯罪者的思考バイアス)といった、RNRモデルが指摘する「犯罪誘発性ニーズ」に直結する能力不全なのです。特に、視覚認知に問題があると見え方が正確に処理されず、相手の表情が把握できず目が笑っているのに吊り上がっているように見えたりして誤読し、攻撃的になってしまうことも現場ではよく経験しました。
このような生物社会学的知見を踏まえると、私たちのプログラム「認知リフレーミング®」の理論的位置づけが明確になります。弊社のプログラムは、RNRモデルを「超える」ものでも、それに取って代わるものでもありません。むしろ、RNRモデルの最も重要でありながら、これまで理論的・実践的な「ブラックボックス」となっていた「特定応答性」の原則を、神経科学のレベルで解明し、具現化するアプローチを目指しているからです。
なぜなら、RNRの「応答性」原則は、介入を個々人の「学習スタイル」や「能力」に適合させるよう厳格に要求します。しかし、非行少年の集団には、標準的な認知行動療法(CBT)(一般応答性)の学習自体を妨げる、生物学的な障壁(例:視覚情報処理の問題、学習障害、ADHD関連の実行機能不全)がかなり存在します。
弊社の「認知リフレーミング®」は、まさにこの標準的介入の「学習」を妨げている生物学的障壁(=応答性の欠如)に対し、視覚入力の制御とクロスモーダル可塑性という神経科学的アプローチを用いて直接介入します。その目的は、CBTのような「意識的な」学習が機能するための、無意識レベルの「神経基盤」を整備することにあるといえます。
したがって、弊社のアプローチはRNRモデルを否定するものではなく、RNRモデルが「曖昧」なまま放置してきた「特定応答性」という最重要コンポーネントに対し、具体的な「診断(客観的データ化)」と「介入(認知バイアス修正)」の手法を提供する、RNRモデルの論理的深化であり、その実践的完成度を高めるものになっているものと考えています。
RNRとGLMの統合:認知リフレーミング®とライフコースケア®が目指すもの
さらに、私たちの「認知リフレーミング®」と「ライフコースケア®」の組み合わせは、現代の犯罪更生における二大潮流、すなわち、いわゆる「欠陥修正モデル(RNR)」と「強み構築モデル(GLM:グッド・ライブス・モデル)」を、極めて高いレベルで実践的に統合する試みとして開発しています。
RNRモデルは「反社会的な認知・行動(リスク要因)」を減少させること、すなわち「欠点」の修正とリスク管理に最適化されています。その結果、特に初期のモデルでは、個人の内発的な「動機付け」や「強みの促進」、「人生の意味の追求」といったポジティブ心理学的な側面が、理論的に第二義的なものと見なされがちでした。この点が、後に登場するGLMなど、代替アプローチからの主要な批判点となっていったのです。
しかし、弊社の統合モデルは、RNRモデルが持つ「リスク除去」の視点と、GLMが持つ「幸福追求」の視点を、一つのシステム内で両立させています。これは、RNRモデルへの主要な批判に対する、具体的な実践的回答だと考えています。
認知リフレーミング®(RNR機能):この技術は、本質的に「欠陥修正(deficit-correction)」的アプローチです。「視覚認知バイアス」や、それが症状として表出する「低い自己統制力」といった「犯罪誘発性ニーズ」、および標準的介入の学習を妨げる「応答性障壁」をターゲットにします。これは、RNRモデルの「ニーズ」原則および「応答性」原則の役割を果たします。つまり、問題の根源にある認知の歪みを修正し、適切な情報処理ができる神経基盤を整えることで、リスク要因の低減を図ります。
ライフコースケア®(GLM機能):この技術は、本質的に「強み構築(strengths-based)」的アプローチです。「あなたの短所を才能に変換する」というリフレーミングの視点、そして「社会的役割の遂行」や「ご本人にとって豊かなライフコースへの方向転換」を最終目標に据える点は、RNRモデルが批判されてきた「クライアント(当事者)の視点」の欠如を補い、GLMや拡張RNRモデルが重視する「強み」と「人生の目標」の追求に相当します。私たちは、一人ひとりが持つ潜在的な強みや可能性を見出し、それを社会の中で活かす道筋を共に考え、彼らが「望ましい人生(good lives)」を送れるよう支援します。
したがって、弊社の統合モデルは、「負の要因(再犯リスク)の除去」というRNRの要請と、「正の要因(生きる目的)の構築」というGLMの要請を、神経基盤の整備(認知リフレーミング®)と社会的自立支援(ライフコースケア®)という二つの異なるレベルで同時に達成しようとする、理論的に非常に堅牢なデュアル・システムを目指して開発していることになります。
結びに
これまでの歩みは、常に「目の前の人々に、本当に寄り添うにはどうすれば良いのか」という問いかけと共にありました。理論と現場の間にある乖離を埋め、科学的根拠に基づいたアプローチを、一人ひとりの特性に合わせた形で提供したい。その探求の先に、現在の「認知リフレーミング®」と「ライフコースケア®」があります。前回のブログでも紹介させていただきましたが、グリュック夫妻から、サンプソン、アンドリュース、リブシー、ジョン・スタイン博士まで、研究者の方々の理論を参考に現場実践からボトムアップさせているのが弊社のプログラムです。現場だからこそ見えることもありますね。基礎研究と現場実践の連携の面白さを感じています。
現在は、現場での質的な成功事例積み上がっている段階ですので、今後は、コーホート調査などを行って、少しでもエビデンスにつなげていきたいと考えています。来年から具体的に地方自治体などのご支援を得て開始する予定です。
そして、私たちが目指すのは、単に再犯を防ぐことだけではありません。それは、様々な課題を抱える人々が、自身の可能性を信じ、社会の中で豊かな未来を描けるよう、そのための土台を築くお手伝いをすることです。これからも、この信念を胸に努力を続けてまいりたいと思います。
