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発達障害と網膜研究の「収束進化」

先日、大阪大学から発表された一つの研究成果が、私の目に留まりました。

それは、長年私たちが現場で抱き続けてきた問題意識と、深く共鳴するものだったからです。

レベルや手法こそ違えど、同じ頂を目指す登山者の存在を不意に知った時のような、静かな興奮と感動を覚えました。論文を通して、まだ見ぬ「同志」に出会えた喜びは、何物にも代えがたいものです。

 

その研究とは、以下のプレスリリースで2021年12月に公表されたものです。

 

発達障害の関連遺伝子の欠損で網膜・視覚機能が変化―発達障害において感覚の過敏や鈍麻が生じるメカニズムの解明に貢献―

 

この研究は、発達障害との関連が知られるCyfip2遺伝子に着目しています。研究グループは、このCyfip2遺伝子をマウスの網膜において特異的に欠損させるモデルを開発しました。その結果、明らかになった核心的な発見は、この遺伝子の欠損が、脳ではなく網膜自体に機能的な異常を引き起こすということでした。具体的には、Cyfip2遺伝子を欠損したマウスの網膜では、光に対する神経応答を出力する網膜神経節細胞が、正常なマウスに比べて「光に対して強く持続した応答を示す」ことが電気生理学的な手法で証明されています。これは、発達障害を持つ人に見られる「感覚過敏」の症状を、細胞レベルのメカニズムで説明しうる画期的な知見と言えます。

 

この研究がもたらした最も大きなインパクトは、「『注目すべきは脳だけでなく感覚器も』という、今後の発達障害や脳研究の新たな方向性を示した」という点にあります。従来、発達障害は脳機能、すなわち中枢神経系の問題として捉えられてきました。しかしこの研究は、「感覚過敏や感覚鈍麻」といった症状の原因の一部が、情報が脳に届く前の段階、すなわち末梢の感覚器(この場合は網膜)に存在しうることを実証したのです。

 

この発見は、私たちが長年「発達障害の課題を、網膜への介入によって解決する」というアプローチを追求してきたことの意義を、改めて浮き彫りにするものでした。

 

私たちの会社では、2017年に網膜の光受容体である錐体細胞と桿体細胞への介入システム「CRIS®」を商標登録しています。この技術の特許化には困難が伴いました。「治療行為に該当する」という医学的見地から、当初は何度も申請が却下されたのです。しかし、最終的にこの技術は「特性情報収集方法および特性情報収集装置」として認められ、2022年に特許(第7184414号)を取得するに至りました。

 

大阪大学の基礎科学的アプローチと、私たちの商業的応用。出発点は異なりながらも、同じ「網膜機能と発達障害」という未開拓の領域を探求した結果、期せずして類似の結論へと辿り着きました。これは、生物学における「収束進化」—異なる種の生物が、同様の環境下で似た形質を持つに至る現象—を彷彿とさせます。

 

現場での長年の実践から生まれた「発達上の課題の根源は、脳だけでなく末梢感覚器(特に網膜)にもあるのではないか」という私たちの仮説が、権威ある学術機関の高度な研究によって科学的な裏付けを得たことは、大きな励みとなります。それは、悩みを抱える方々へ私たちのプログラムを届ける上での確信を深めてくれるだけでなく、今後の研究の発展への期待を抱かせる出来事でした。

 

実務家が現場で立てた仮説が、アカデミアの最先端研究によって光を当てられます。このような連携は、分野の発展に不可欠だと思います。私たちは、視覚のみならず、視覚と味覚や聴覚の連関(クロスモーダル可塑性)に関する技術の特許も取得しています。時間はかかるかもしれませんが、今後はこうした実践知を元にした科学的エビデンスの創出にも、ささやかながら貢献していきたいと考えています。